
森村(もりむら)は、永禄年間(1558-1570)の頃、
戸数20戸余りで、村の南の小岳に
天照大御神と豊受(とようけ)大神)を祀る神明社が、
また小森山(こもりやま)には厳島神社の神仏を分けて
祀った弁天社(べんてんしゃ)が建てられておりました。
弁天社は、真言宗(しんごんしゅう)林松寺が
守護しておりましたが、のち森村の里正である
横山九右衛門(よこやまくえもん)が別当となり
祭祀(さいし)は湯沢の連性院が行いました。
元和(げんな)8年(1622)佐竹一族の
横手城代伊達左門宣宗
(だてさもんのぶむね)公が改易になったため、
横山九右衛門宅に隠遁(いんとん)した妻と子は
一家再興を願い、朝夕欠かさず切に
弁天様に祈り、みごと秋田伊達家の
再興を果たしたとの伝承があります。
弁天様は、農業や商売の神様として
近郊の人々にも大いに信仰され、
また河川交通が盛んな往時は、
水上安全を祈願する人々で
賑わったと言います。
弁天社は、明治維新後の神仏混淆の
禁止により森嶽(もりたけ)神社と
改称し、明治43年(1910)森嶽神社に、
村社であった神明社と森村の西北の地に
祀られていた隈の権現(くまのごんげん)及び
稲荷神明を合祀し、社格は
村社になりました。
所在地 秋田県湯沢市岩崎字小森山27
祭 神
狭依毘売命(さよりびめのみこと)
天照大御神(あまてらすおおみかみ)
豊受大神(とようけのおおかみ)
建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)
宇迦之御魂命(うかのみたまのみこと)
祭 日 5月5日
